、出て行こうとした。
「まあいいじゃないか。」
「隙なんですか。」
「うむ……。あの、例の先生たちは?」
「いませんよ。」
「また、君から金をまき上げて、酒を飲みに行ったんだろう。」
「…………」
 小林は黙って、薄ら笑いをしていた。
「まだ君は、ああいう連中と別れられないのか。」
 杉本の鋭い視線を、小林は意外に感じたらしく、暫くその眼付を窺ってから、云った。
「別れられるとか、別れられないとか、そういうんじゃありませんよ。同県人で、ああして一緒にいる……。だから、一緒にいるだけです。金のことなんか、向うにない時、僕にあることが多いんで、それで、持っていくんでしょう。あの連中は、酒が飲みたいんです。僕は飲みたくない。だから……。それに、これは僕の修養です。隣人愛というものが、どこまで持ちこたえられるものか、神というものが、窮極まで信じられるものか、どうか、そんなことが、やはり問題になっているから……。」
「そんな個人主義は、駄目だ。」
 杉本は叫ぶように云って、相手を遮った。そして、小林がまだぬけきらないでいる、トルストイ主義のことに、話を進めていった。――トルストイの豪いのは、隣人
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