んと揃えて、五十銭銀貨を差出した。
「まさご町……。」
そして、車掌から渡された、切符を右手に、つり銭は、紐のついた赤い小さな金入と一緒に、左手に握って、肩を斜めに、首をねじって、窓から外を見てるのである。
その利発そうな顔、柔かな白い皮膚、支那めいた服装を、夕日が赤く反映で染めて……。
杉本は、やさしい眼付をその少女から離さなかった。せめて、つり銭をあの金入に入れてやるくらいの親切が……と一種の公憤を、疲れてぐったりしてる女車掌の背中に投げながら、それとは全く別な、少女の可憐な姿を見守った。
停留場を二つ過ぎて、真砂町になると、少女はすぐに、切符を渡して、金と金入とを片手に握ったまま、車掌の機械的な掌に送られて、バスから降りた。
杉本も慌てて立上って、降りた。
電車通りを少し、それから左へ横丁……。手を振り振り、飛びはねるように歩いてゆく、少女の後から、のっそりした杉本の姿が、ついていった……。
三
軽く、形式だけのノックをして、扉を開いてはいって行くと、待ち受けてたらしい英子の顔と、ばったり出逢った。尋ねるまでもなく、見合せた眼色で、互に、何か変ったことがあったこと、話があることが、分った。
「今ね……。」
だが、杉本は気を変えて、帽子を釘に投げかけると、横倒しに坐って、云った。
「腹が空いた。飯にしよう。」
「ええ、じきよ。……なあに?」
いつも、自分のことを先に、快活に、話してのけて、けろりとする彼女だったが、それが、妙に慎重に、尋ねかけてきた。
「何よ?」
杉本は苦笑した。そして変に憂欝な調子で、バスの少女のことを話した。
無雑作に束ねた若々しい髪、細く長い眉、下眼瞼の円く開いた眼、理知的に尖った※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]、口角の頸にある贅肉のふくらみ……そのふくらみを中心に、彼女は可愛い笑いを浮べた。
「それから……。」
「それきりさ。いくら待っても出て来ない。何だかうまそうな料理の匂いがしてきた。犬にでも吠えられそうだ。急に、腹がへったのを思い出して、帰ってきた。」
「…………」
「あれが、自分の家《うち》らしい。遊びに行って、戻ってきた……。待ったって、出て来やしない。」
「それが、初めから分らなかったの。」
「ばかな。そんなこと、そんな時に、初めから考える奴があるか。」
彼女は笑わなかった。真面
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