女人禁制
豊島与志雄

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女人といっても、老幼美醜、さまざまであるが、とにかく、女性として関心のもてる程度の、年配と容貌とをそなえてる方々のことなのであって――。
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      一

 汽車の寝台ではよく眠れないという人が、ずいぶんあるようだが、私はそれが腑におちない。充分に手足をのばせない憾みはあっても、縮こまっていた方がよくねつかれる道理で、しいて眠ろうとする時に人は大抵、布団の中で縮こまるものなのである。車体の動揺がせわしいといっても、人は子供の折身体を揺ぶってねかしつけられたものであるし、列車の振動は謂わば大人の揺籃の揺ぎなのである。その上、夜前たいてい、食堂で少々酒類もつぎこんでいようし、寝すごしてもボーイが起してくれるという安心もある。というわけでもないけれど、私は寝台車では実によく眠れる。朝は制限時間の八時近くでなければ起きない。
 そこで、起きだしてみると、寝台車の午前八時といえば殆んど白昼で、多くの席はきれいに片付いていて、身仕度ととのえた人ばかりか、食事までもすました人が、新鮮な顔を並べている。だが、そんなことは平気だ。起き上って、スリッパをつっかけて、着変えようとすると……。
 彼女の眼がひそかに私の方に注がれているのだ。行儀よく坐って、顔にはもう軽い化粧までして、窓外の景色を見るような風をしているが、へんに輝いた好奇な意地悪いその眼は、私の方を見るような見ないような、それでいて微細な点まで見て取っているのだ。
 その視線の前に、私は凡てを露出する外はない。服の着方、釦のはめ方、ネクタイの結び方、片手で乱れ髪をかきあげる癖まで……そして和服の時には、襟を合せる様子から、帯を結ぶ手付まで……其他無数の細かい事柄。それらが車の動揺のために、凡てぎごちなく、随ってまた浮出して目立つに違いない。
 妻か或はそうした者ならば、まあよいけれど、彼女であってみれば、私にもやはり変な見栄とか羞恥とかもあろうし……おう、もう寝台車で一緒に旅するものではないと考えていると、「ずいぶん寝坊なさるのね。」
 い気[#「い気」に「ママ」の注記]のこもらない皮肉な調子は、彼女がほかのことを思っている証拠だ。

      二

 銀座通りはおかしなところで、夜の十一時頃からがらりと様子が変る。今まで賑やかで華やかで浮々していたのが、すーっと陰にこもってくる。饗宴の室に一時に防音装置をしたような……顔の紅や白粉を俄に洗い落したような……笑ってる最中に歯が一枚ぬけ落ちたようなものである。戸を閉めた商店の間々に、まだ戸の開いてるのはしいんと静まり返り、歩道の夜店はしまいかけている。なお人通りはあるが、どの顔も佗しげで、兇悪の相さえ帯びている。享楽の滓が幽鬼となって、そこいらの物影にひそんででもいるのだろうか。
 そういうところを歩くのは、殊に微酔をおびて歩くのは、悪くはない。私は好きだ。けれど彼女は、どうしたのか、へんに慴えてるようだ。慴えてるだけならよいが、なんだか寒そうで、貧相で、見すぼらしい。その敏活な清い眼は、もう凍りついて動かない。そのふくよかな色艶は、もう皮膚の下に沈みこんでいる。そのやさしい香りは、もう消え失せてしまっている。そして肩をすぼめ、身体を硬ばらして、とっとっと足早に歩く。時々、急に寄りそってくるし、またつと離れる。勿論口など利かない。そうなってくると、何のために歩いてるのか分らなくなる。一体銀座通りは、目当てなしに急いでつき切るべき処ではなく、ぶらりぶらりと歩くべき処だ。コーヒーの香りかビールの泡に身を任せておくべき処だ。それを彼女は、木で出来た人形のようにぎごちなく、而も足早に歩いていく。私もしたがって足を早める。だが、身体は追いついても、心は後れる。もう見ず識らずの他人だ。他人のあとについてゆくくらいばかげたことはない。
 もう十一時過ぎなのか。だが十一時を過ぎても、他の場所だったら、たとえしんしんとした神社の中でも、淋しい野の中でも、彼女は何かしら生々としたものを、血の通ってるものを、示してくれるだろう。ところが銀座では、彼女は血の通わない自動人形だ。なぜだろう。もうこんなところを一緒に歩くものではない。そこで、私の心は更に後れ、身体まで後れてくる。然し彼女は知らん顔で、とっとっと歩いてゆくのだ。

      三

 東京湾で舟を乗りまわすのは面白い。乗りまわすといっても、和舟にモーターのついた、舟宿から出してくれるあれだ。
 冬は鴨猟。夜のひき明けがよいので、少し寒いが五時頃、薄暮いうちから出かけるのである。御猟場の近
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