奇心というものは、ある面では極度に強く、ある面では極度に淡い。長谷川は何の疑念も持たれなかった。
然し、彼自身、疑念を懐いた。柿沼の死が他殺で、自分がその共犯人だとの、想像上の奇怪な疑念だった。彼は夜遅くまで酒を飲み歩いた。
翌日午頃、彼は記者を訪れた。真相は分っていなかったが、当時の情況だけはかなり明らかだった。柿沼が轢かれたのは下り線だが、その時丁度、上り線に電車がはいって来、ほとんど同時に下り線にも電車が来た。高架線の階段を上りきったところのホームに、柿沼は立っていたが、そこからは下り電車の来るのは見えない。客は混雑しているし、電車の轟音は響いていた。柿沼は電車の来る直前に軌道へ落ちて轢かれたのだが、自分で飛び込んだのか、過って墜落したのか、人に押されて落ちたのか、それが不明で、人に押されたとしても、故意か偶然か不明なのである。尚、柿沼の身辺の事情によれば、自殺とは思えないし、製菓会社の内部に複雑な事態が伏在するらしく、意外な不正事実の端緒が掴めるかも分らないと、当局はその方へ目を注いでるらしい。製菓会社といっても、小規模のもので、目下半ば休業状態だが、それが却って怪しく、ま
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