た柿沼は冷酷無慈悲な男だとの評判である。
それだけの報告だったが、長谷川はそれで満足した。他殺だ、と彼は直感した。
彼はすぐ千代乃を訪れた。久恵が家にいるので、外へ誘いだし、タクシーを拾って、新橋近くの小料理屋へ行き、狭い一室に通った。
「どうなすったの。」と千代乃は尋ねた。
「昼食をたべましょう。」
彼は酒を誂えた。
「昼御飯じゃなくて、お酒でしょう。どうかなすったの。なんだか心配だわ。」
彼は黙って、前日の夕刊を差し出し、記事を指し示した。彼女はそれを見落してるらしく、怪訝そうに覗きこんだ。
彼女は顔色を変えた。身を反らすようにして、長谷川を見つめた。視力の強い、突き刺すような眼付きだった。
沈黙のうちに、長谷川は一瞬、彼女が遠くにいるのを感じた。彼から遠く離れ去った、ばかりでなく、彼女はもう完全に柿沼から遁れ去っていた。そして遠くから、彼をじっと見守っている。
「僕は犯人じゃありません。」と長谷川は言った。
彼女はちょっと眼をつぶり、その眼を彼に近々と見開いた。
「それを信じますわ。」
彼女は手を差し伸べて、彼の手を執った。彼は手先に力をこめて握り返し、安らかな息
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