谷川は自分の肉体の清らかさを感じた。彼女の肉体の清らかさを感じた。もう彼女の肉体は穢れてはいなかった。彼の肉体に密着して、彼女はうっとりとしていた。
穢れは、いやらしい影は、遠くに去っていた。それはもう、柿沼の許に脱ぎ捨てられていた。脱ぎ捨てられてはいたが、然し、やはりそこに在った。柿沼に対する反感憎悪を、長谷川は千代乃から引き継いだ。千代乃の清い肉体をかき抱きながら、それを防衛するような気持ちで、彼は柿沼を憎悪した。
憎悪は、柿沼の面影をそこに喚び起した。暗鬱な影をまとった仮面、それは、人間らしい感情、すべて人間らしいものに対する、蔑視だった。極度の蔑視こそ、自らに深い影を帯びる。その影に、千代乃は慴えたのではなかったか。もう大丈夫、心配なことはない、そういう気持ちで、長谷川は千代乃の清い肉体を抱き庇った。
十
自活の途を見出す、というよりも、開拓するのに、千代乃は苦心していた。長谷川や伯母にはいつも相談し、知人にも相談した。いざとなると、さすがに、何でもやるというわけにはゆかず、何処にでも飛びこむというわけにはゆかず、いろいろと思いがけない故障も起った。
柿沼
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