代乃が間もなく東京に出て来るということを、柿沼はどうして知ったのであろうか。彼女は薄気味わるくなった。翌日はまず、長谷川に逢うつもりだったが、いろいろ考えてみると、どうせ柿沼にも一度は逢わねばなるまいと思い、その方を先に片付けることにした。
 柿沼は神田に小さな事務所を持っていた。午後は、都心から遠い製菓会社の方よりも、その事務所にいることが多かった。以前はそこでいろいろな闇取引などもやっていたようだが、それも出来にくくなると、何か新たな計画を立てているらしかった。男二人に女一人の、いずれも若い事務員が三人いるきりだった。そこへ、千代乃は電話してみた。柿沼はいた。他の場所よりも、事務所でお逢いしたい、と言うと、よろしいとの返事だった。
 板で中仕切りがしてある、狭い二室。その一室で、千代乃は柿沼に逢った。椅子だけは立派なものが備えてあった。
「僕の言づけを、誰から聞きましたか。伯母さんからですか、それとも、長谷川さんからですか。」柿沼はそう尋ねた。
「長谷川さんには、まだ逢っておりません。」と千代乃は答えた。
「そう。それじゃあ仕方がないな。僕はこないだ、長谷川さんに逢ったんだが……。
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