わたし、ほんとに惨めですの。そして口惜しいんです。」
長谷川は黙って、その続きを待った。彼女は彼の顔をじっと見た。
「実は、昨日、柿沼に逢いました。」
「え、あなたが。」
「わたしの方から逢いに行きました。」
それきり彼女は黙ってしまった。だが、まだ長谷川の顔を見ていた。ほんとに見てるのかどうか、まばたき一つしなかった。
「そして、どうだったんです。」
その言葉で、彼女は眼をそらした。それから皮肉な笑みを浮べた。
自然に彼女が打ち明けるのを、待つより外はなかった。
酒肴が来ると、長谷川はすぐ猪口を取り上げた。
「僕も、偶然、柿沼さんに逢いましたよ。」
「聞きましたわ。そしてなにか、わたしに言づけがあったのでしょう。伯母さんにも言づけがありましたの。」
酒を飲んでるうちに、彼女は自然に饒舌りだした。そうなると、もうなんの隠し距てもなかった。
千代乃はかなりまとまった金を工面し、将来に対する覚悟と夢想とを懐いて、三田の伯母さんのところへ出て来たのだった。その晩、いろいろな話の末、柿沼からの伝言を聞いた。何処ででもいいから、ちょっと、そして至急に、逢いたいというのである。
千
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