でたらめで、到底ものにならんと言われた。然し、そのうちの一つ二つは、石山の小説に利用されたのである。ひどい奴だと抗議を申し込むと、石山はすましたもので、生かすも殺すも作者の腕次第さとうそぶいた。今の彼の幻想が、その折の小説構想に似ていた。ただ、意識的に努力しないで、自然に出来上ったり崩れ去ったりした。然し、そのうちのどれかは生き上ることがあるかも知れない。生かすも殺すも作者の腕次第だ、と彼はうそぶいた。――ほんとに酔ってたのである。

     九

 街路から、扉口のカウンターをくるりと廻って、喫茶のホールにはいると、空気がいささか重く淀んでるだけで、まだ正午前のこととて客は少なかった。右手のボックスの奥で、千代乃は煙草を吹かしていた。その煙草の煙だけを相図のようにして、眼を伏せ、考え込んでいたのである。
 彼女の姿を見て、長谷川はほっと安堵し、同時に、なにかぎくりとした。側まで行くと、彼女は眼がさめたように立ち上って会釈し、またすぐ腰を下し、正面に坐った長谷川の顔に、視力の強い眼を据えた。
「いつ出て来たんですか。」
「一昨日。」
 そして初めて、彼女の眼はちらと笑った。
「そんな
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