返した。それに気付いて、自ら苦笑した。
明るい気持ちになった。先刻の、人形のことで敏子と交わした対話が、ぽつりと火をともしたように胸に浮んだ。敏子の姿がその明るみの真中にいた。別にどうということはない。ただ無邪気な明朗さだ。
長谷川はまた酒を飲みたくなった。流しの自動車をひろうため、明るい大通りの方へ向って行った。だが、敏子を中心にする明るみは、逆に薄らいでゆき、仄暗い影が胸に立ちこめてきた。その薄暗い中で、先日、柿沼と別れ際にじっと顔を見合った時のことが、ありありと蘇ってきた。格闘、そんなばかなことにはなり得ないが、何等かの意味での対決が、まだ前途に残されてるようだった。大丈夫、と彼はまた胸の中で独り呟いた。自動車をひろって、彼は新橋近くまでゆき、その晩ひどく酔っぱらった。
酔いの中に、幻想がわいた。千代乃のこと、柿沼のこと、松木のこと、嫂のこと、敏子のこと、石山のこと、その他、そしてそれを中心にした情景が、現われては消えた。嘗て彼は、小説を書こうと思い、種々の構想を建てたり崩したり再建したりして、それを一々石山に相談したところ、石山からひどくけなされた。どれもこれもいい加減な
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