ようになり、千代乃を慕った。
 千代乃を待ちこがれて、長谷川は、三田の伯母さん、菊池久恵さんのところをも訪れた。千代乃からは何の消息も来ていなかった。
「あのひとも気まぐれでしてねえ。」と久恵は言い、それから言い添えた。「なにか思いこむと夢中になってしまいますよ。」
 そばで、娘の敏子がくすりと笑った。
「あら、おかしいわ。気まぐれと、夢中になるのと、同じことかしら。」
 邪気はないのだ。久恵も眼をくるりとさして、ほほほと笑った。
 長谷川が招じられたその室は、謂わば久恵の仕事部屋で、いろんなものがごたごたと取り散らされ、そして整理されてるのである。縁側にはミシンがあり、袋戸棚の上には硝子の人形棚があり、鴨居の上に漢書の横額、壁に複製の洋画静物、針仕事の机、針箱、訳のわからぬいろんな小道具、柳甲李など。その甲李の中に、さまざまな裁ち布が一杯、各種の色彩を氾濫[#「氾濫」は底本では「※[#「さんずい+巳」、第3水準1−86−50]濫」]さしている。その小布から手頃なのを選り取って、久恵と敏子は人形の着物を拵えていた。久恵の賃仕事と敏子のデパート勤めとが済んだ宵の、手遊びなのである。
 一
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