自分自身をもてあますのが、情愛に憑かれた者の常態なのであろうか。心はいつも、遠いところ、山のあなた、空のかなた、海のはてに、愛する者の面影を偲び、身体だけが現実の世界に残って、やるせない彷徨をする。長谷川は、一週間ばかりの間に、普通の場合の一年間分ぐらいも、東京の街路を歩き廻った。
 そのことが、長谷川自身にも、顧みて意外だった。千代乃との関係は、ふとしたチャンスから萠した愛欲で、それが次第に深みに陥っていったのだと、安易に考えていたのだが、その安易な無抵抗な気持ちが、却って彼をぬきさしならぬところへ引きずりこみ、身も心をも捲きこんでしまった。ただ一つ、これは普通の恋愛とは違う、という感情があった。愛欲的要素が多すぎ、精神的要素が少ない、というのではない。真の交感が乏しい、というのでもない。ただなにかしら盲目的な棄鉢なところがあるのだ。千代乃にもそれがある。長谷川にもそれがある。将来への計画とか見通しとかは立たない。千代乃がいくら自立的生活というようなことを手紙に書いたところで、それがどれだけの力を持つものか。
 成り行きに任せるということに、長谷川は甘えた。甘えて、そして子供の
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