面と相対していたようなものだ。しかもその仮面の奥には、人の心情を突き刺すような、傲慢な蔑視の眼がひそんでいた。
長谷川は激しい憎悪の念を覚えた。と同時に、千代乃の面影を胸に抱きしめた。
八
千代乃からはその後、何の便りもなかった。長谷川は仕事をなまけ、酒に親しむようになった。仕事の方は、或る文化団体の事務、詳しく言えば社団法人の研究所の事務整理なので、少々なまけたとて支障はなかったが、酒の方は、時間的に彼の生活を乱脈にした。
彼は兄の家に寄食しており、兄は政党関係の仕事が多忙で、弟のことなど見向きもしなかったが、嫂はしばしば、眉をひそめたり揶揄したりした。
「梧郎さん、どうなすったの。この頃、なんだか荒れてますね。」とも言った。
「梧郎さん、恋愛でもなすってるようね。そんなら、早く結婚なさいよ。」とも言った。
「梧郎さん、身体でもおわるいの。医者に診てお貰いなさいよ。」とも言った。
梧郎はただ笑っていた。夜更しをし、朝寝をし、食欲は乏しかった。あまり朝寝坊をしていると、五つになる男の児がやって来て、彼の布団の上に乗っかって飛び跳ね、むりやりに起した。嫂の指図なのだ
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