の外にいるのか、その場所がはっきりしないのです。」
「あのひと自身は、はっきりしているはずです。勿論、あなたの室の外にいます。」
「それなら、そのように、わたしから逃げ廻らないで、きっぱり解決をつけたらどうでしょうか。そうするように、あなたからも勧めおいてくれませんか。」
 先刻から、なにか仄暗い靄のようなものが柿沼の表情を包んでいた。五分刈りの大きな頭と浅黒い丸顔は、まだ逞ましい精力を思わせるが、その精力を屈伏さしてしまうような憂暗な影が、額から眼差しにかけて漂っていた。そしてその影が、彼の静かな言葉の冷酷な感じを一層深めた。機械的な或るいは事務的なものの持つ冷酷さである。感情の片鱗も認められなかった。
 長谷川はやけに、皿のハムをフォークで突っついた。それがまた自分でも忌々しく思えた。ビールを一気にあおって、柿沼を見つめた。
「あなたの言葉通りを、あのひとに伝えておきましょう。だが、解決をつけるには、どういうことをお望みですか。例えば、あの家から出て行ってしまうことですか。」
「いや、あの家は、わたしの名義にはなっていますが、千代乃さんのものです。いつでも名義変更は致しましょう。」
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