た。勿論、石山に対してではなかった。何に対してだか訳が分らず、苛ら立たしいのである。
それがきっかけだったのであろうか。無謀なことをしてしまったのだ。
初めは、まだ時間が早かったせいか、客は僅かだったが、次第にこんできた。石山は知人もあるらしく、頭でうなづき合ったりした。
「そりゃあ、愛し合うのは君たちの自由だが……僕で役に立つことなら、いつでも相談にのるよ。」
それだけで、石山はもう問題に触れようとせず、ほかの雑談を始めた。長谷川はいい加減にただ機械的な返事をするきりで、また千代乃の手紙のことを考えていた。その時、手洗に立った帰りに、あちらのボックスの奥に、一人ぽつねんとしてる柿沼治郎の姿を見かけたのである。駭然とも言える衝激を受けた。柿沼がこんなところに来てることが意外であったし、彼を見つけたことが、理屈ぬきに、更に意外だった。長谷川はちょっと後戻りして、まさしく柿沼であることを確かめた。それから席に帰ったが、もう石山に応答するのも全く上の空だった。
「どうしたんだい。彼女のことでも思い出したのかい。」
石山は微笑したが、その微笑もすぐ、怪訝な面持ちに変った。
長谷川は黙
前へ
次へ
全97ページ中57ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング