、長谷川は力ぬけがした。
黙っていると、川の水音だけが耳につく。たいへん深い下の方を流れるような水音だった。戸外はもう暗い夜だった。
千代乃は女中を呼んで、酒を求めた。
「今晩、酔ってもいいでしょう。その代り、すっかりお話しするわ。」
「そう、泥でも砂でも、吐いてしまいなさい。」
「まるで、罪人のようね。罪人かも知れないわ。わたし、復讐したんだから。」
「復讐……僕に?」
「まあ、せっかちね。」
千代乃の言葉は、断片的で、独断的で、まるで飛石伝いに歩くようなものだった。
それを総合してみれば、つまり、彼女は柿沼や松木に復讐したのである。彼女を現在の境遇に陥れたのは、柿沼と松木との共謀によるもので、柿沼の病妻の死後には正式に結婚するという約束はあるにせよ、共謀の裏に相互の利害関係がひそんでることは確かだった。彼女は物品の如く売買されたのだ。そして彼女はなにも知らないうちに、ほとんど暴力的に肉体を奪われた。そして今度は、甘言を以って、旅館経営に徴用されかかっていた。そこに一度はいり込んだら、もう恐らくは一生、脱け出すことは出来ず、五十歳近い柿沼の最後の看病にまで、利用されることであ
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