丁度いい。病気の女房代りに、丁度いい。お妾さんに、丁度いい。第二夫人に、丁度いい。別荘番に、丁度いい。何にでも役に立って、便利なんだわ。」
顔をきっと挙げて、まともに長谷川を見た。
「長谷川さん、あなたまでが、情婦に丁度いい、なんて言ったら、承知しないわよ。」
言葉はヒステリーみたいだが、調子は少しふざけていて、眼にはまだ皮肉な影があった。
長谷川もそれに応じた。
「それじゃあ、千代乃さん、色男に丁度いい、なんて言ったら、僕も承知しませんよ。」
「承知しないで、どうなさるの。」
「殺してしまう。」
「そんなら、わたしも、あなたを殺そうかしら……。」
「ええ、どうぞ。」
「死んで下さる?」
「殺されたら、死ぬより外はないでしょう。」
「そうね、殺されたら死ぬより外はない……。」
突然、一陣の風のように、真剣な気合が流れた。
「誓いましょう。」
彼女に応じて、長谷川が手を差し出すと、その五本の指を、彼女は力一杯に握りしめた。
「痛い。」
長谷川は手先をうち振った。彼女はまた手を差し出して挑んだ。その五本の指を、長谷川は力こめて握ってやった。細そりした指先だが、彼女は別に痛がらず
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