関心な調子も、それに由るのであろうか。更に、その眼差しに宿ってる一種の影は、憂暗な色合を帯びていて、額の上まで拡がっている、というよりは寧ろ、額全体に憂暗なものが漂っていて、それが眼差しにまで影を落しているのだ。
 そういう印象に、長谷川はなにか心暗くなり、柿沼の顔から眼を外らした。
「お邪魔しました。」
 言い捨てて、歩きだし、それから、手の煙草も投げ捨てた。
 烙印、額に烙印、というものがあるとすれば、柿沼の憂暗の影はそれではなかろうか。
 長谷川は掌で、自分の額をしきりにこすった。
 今まで忘れていたというのではないが、なんとなく避けていたことに、彼は思い当った。
 もう、千代乃に対する本心を、はっきりさせなければならないのだ。たかが柿沼の第二号と……そんなふざけたことではない。一個の三浦千代乃とのことだ。
 一人になって考えてみよう、と彼は思った。柿沼がたってしまえば、もう、どこへ行こうと、誰かに、或るいは自分の気持ちに、ここから逃げ出したと後ろ指をさされることもないのだ。
 朗かとまではゆかず、悲壮めいた気持ちで、長谷川は林の中を歩き、渓流のほとりをさまよい、水車のそばに佇ん
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