筒ぬけの大きな声だ。
 千代乃はまた戸締りをして戻ってきた。
「柿沼さんですか。」
「そうなの。」
 彼女は落着きはらって、猪口を取り上げ、飲んだ。
「いつも、ふいにやって来るのよ。だから、少しぐらい酔っていたって構やしないわ。」
 だが、長谷川はさすがに落着けなかった。千代乃の様子が、太々しいとさえ思われた。黙りこんで、急いで酒を飲み、二階に上っていった。千代乃があとからついて来て、布団を敷いてくれた。
「あ、忘れていた。髪を結わなくちゃならないわ。」
 長谷川の眼をじっと見て、指先の方を痛いほど握りしめた。
「おやすみなさい。」
 彼女の長い散らし髪が、長谷川の眼の底に残った。
 久しぶりに寝る二階の寝床は、なにか新鮮な感じだった。彼は腹這いになって煙草をふかした。
 千代乃がまた上ってきた。お盆の上に、銚子と猪口、薬缶とコップが並べられていた。
「どちらでも、およろしい方を。」
 そして眼でちらりと笑った。
「さっきね、辰さん、あれで、気を利かしたつもりなのよ。分って?」
 味方があるから大丈夫だというつもりなのであろうか。けれども、長谷川はそのために却って苛ら立ちを感じた。

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