持ちたいとも考えております。独立出来る生活の方針を立てなければなりません。お目にかかった上で、詳しく御相談します。こんどは真面目に力になって下さいね。
 御返事は下さいますな。いつ出発するかわかりませんから。まっすぐにあなたの懐へ飛びこんでゆきますのよ。待っていて下すって……それとも……いいえ、私を待っていて下さることを信じます。
 ずいぶん長ったらしく書きましたが、後の方はぞんざいに簡単になりました。少し書き疲れましたし、それに、近日中にお目にかかってお話しすることばかりですもの。たくさんお饒舌り致しましょう。たくさん……愛し合いましょう。愛に祝福あれ。
 おやすみあそばせ。

     六

 銀座裏の大きなバーの片隅に、長谷川は石山耕平と向き合って坐っていた。
 いろいろな形の酒瓶を立て並べ、さまざまな器物を飾り立てた、巨大な食器戸棚が、天井近くまで聳え立ち、その前に幅広いスタンドが弓なりに設けられて、天鵞絨を張った足高の腰掛が散在し、その外方をボックスが取り巻いている。高級な店か下級な店か、ちょっと見には分らないが、客の註文次第でどちらにもなるし、女給たちの態度もあっさりしており、つまり、至って近代的な地下室バーである。
「こんなとこへ呼び出して、済まなかったね。」
 最初に石山はそう言って、にやにやしていた。彼が銀座で飲む時はたいてい一度はここに顔を出すことを、長谷川は知っていたが、いま彼一人なのが実は少し意外だった。その上、長谷川が来ると、彼はスタンドでバーテンと饒舌っていたが、長谷川を片隅のボックスへ引張りこみ、女給も遠ざけてしまった。
 なにか用件があるに違いないし、あるとすれば、恐らく三浦千代乃のことかも知れない。その長谷川の勘は、正しかった。
「君の腕には、さすがに僕も驚いたよ。」
 石山は楽しそうに、やはりにやにや笑っていた。
 松月館主人から、石山の許へ、不得要領な手紙が来たのである。
「あまり不得要領なものだから、持って来るのも忘れちゃったがね……。」
 先般御紹介を忝うした長谷川梧郎様という仁は、どういう御身分の方なのでしょうか、御差支なくば概略御知らせ頂きたく、妹千代乃となにか訳あるらしく察せられるふしもあり、甚だ失礼の至りながら……云々。
 石山はそんな風に暗誦した。
「御紹介を忝うした……はよかったね。なにか訳あるらしく……も名文だ。僕は面倒くさいから、ただ葉書一枚、どうせ僕のような小説家の友人だから、それを以て勝手に想像してくれ、よく知らんと、それだけ返事をしておいたが……どうだろう。わるかったら訂正の労を惜しまないがね。」
 長谷川はチーズをかじり、ビールを飲んでいたが、石山の前にあるウイスキーの瓶に手を伸し、それをビールにまぜて飲んだ。石山の茶化しきった話よりも、千代乃から来た手紙の方が頭に一杯になっていた。細字でぎっしりつまってる幾枚もの紙片が、眼にちらついた。彼女の手紙は、彼女のいつもの話しっぷりと同様、率直であけすけだが、その底に、容易ならぬ決意の籠ってるのが観取されるのである。
「実は、あの千代乃というひとのこと、君に少し聞きたいと思ってたんだ。」
「どういうことだい。」
「いや、どういうひとかと……。」
「どういうひとって、そりゃあ僕にはよく分らんね。まあ、多少ロマンチックで、多少片意地なところもあるらしいし、それだって、三十前後の女はたいていそんなもので、その程度だろうよ。」
「しかし、君はいつかの手紙に、僕があちらに行ってた時のことだが、別館にこれこれのひとが留守居をしていて、少し変り者だが……と書いていたじゃないか。」
「そうだったかね、よく覚えていないが、単に文章の調子だろう。責任を持たんよ。実際、よく知らないんだ。しかし、おかしなことになったものだ。僕はちょっと君に注意しとくだけのつもりだったが、君の方から、僕に聞きたいことが多そうじゃないか。まるであべこべだ。」
 石山は長谷川の方を探るように眺めた。
「実は、君にこの頃、恋人でも出来たらしいと、ちらと耳にしたことがあったが、僕は気にもとめなかった。すると、相手はあのひとだね。東京に出て来たのかい。君を追っかけて来たんだね。ねえ、打ち明けろよ。そんならそれと、松月館への返事の書きようもあったんだが……。」
「いや、さっきの通りの返事でいいんだ。」
 長谷川はもう度胸をきめた気持ちになっていった。
「僕たち二人の間だけのことだ。ほかの者はどうだっていい。愛し合ってるんだ。いけないかい。」
「驚いたね。そんなこと、いけないかって、聞くやつがあるもんか。まあ落着いて、差支えない程度、僕に打ち明けてみないかね。」
「別に打ち明けることなんか、なんにもない。愛し合ってるだけで……ただそれだけさ。」
 長谷川はなにか腹が立ってき
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