ちこち物色してるうちに、敏子が勤めてるデパートで、文房具売場のひとが一人やめたので、そのあとなら、はいれるかも知れなかった。次に、先達ての人形の店の夢のような話で、伯母さん親子が作る人形を売るのも、楽しいことに思われた。その二つを、一緒にまとめて考えたのである。小さな文房具店だが、きれいに飾り立て、普通の文房具の外、千代紙だの小箱だの、女の子が好きそうなものを取り揃え、ことに人形、大小さまざま、和洋さまざま、伯母さん親子が作ったものは勿論、硝子棚に並べ立てるのである。文房具にせよ、その他のものにせよ、仕入れが大切だというけれど、幸に、長谷川の兄が政治上の関係から、その方面の卸商たちに知り合いがあり、便宜をはかって貰えるはずだった。そのことは長谷川が引き受けていたのである。
「お兄さんの方、どうなんでしょう。」
長谷川は眼をしばたたいた。
「早くして下さらなければ、困るわ。」
長谷川は苦笑したが、心のうちでは驚嘆の思いだった。人形の店、デパートの文房具売場、それから、人形を看板の文房具店……女の知恵というものは、なんと着々と進んでゆくことか。
「大丈夫、引き受けましたよ。早速、兄に頼んでみます。」
彼も本気にならざるを得なかった。文房具店など、他愛ない夢か気紛れの冒険かに過ぎないと思われたのに、彼女はもう真剣になっていた。
どういう風に兄へ頼んだらよかろうかと、彼は考えた。と同時に、千代乃との関係も多少は打ち明けなければなるまいと、覚悟をきめた。
その覚悟が一挙に鍛え上げられるような、事件が起った。
夕刊新聞を見ているうち、長谷川は飛び上るほど駭然とした。
片隅の小さな記事に、怪死事件としての報道がのっていた。――昨日の夕刻、水道橋の国鉄電車のホームから軌道に落ちて轢死した紳士があった。名刺によって柿沼製菓会社の社長柿沼治郎氏と分った。過失死か自殺か他殺か判明しない。それについては何等の手掛りもなく、謎の死と見られている。
そういう意味の小記事で、どの夕刊も大同小異だし、全然掲載していないのもあった。
長谷川は異様な衝撃を受け、次で、異様な冷静さに落着いた。
彼はある新聞社の社会部記者に知人があった。その男に逢って、該記事を示し、真相が分ったら知らせてくれと頼んだ。
「あなたの知人ですか。」
「ええ、ちょっと知ってる人なんで……。」
新聞記者の好
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