でたらめで、到底ものにならんと言われた。然し、そのうちの一つ二つは、石山の小説に利用されたのである。ひどい奴だと抗議を申し込むと、石山はすましたもので、生かすも殺すも作者の腕次第さとうそぶいた。今の彼の幻想が、その折の小説構想に似ていた。ただ、意識的に努力しないで、自然に出来上ったり崩れ去ったりした。然し、そのうちのどれかは生き上ることがあるかも知れない。生かすも殺すも作者の腕次第だ、と彼はうそぶいた。――ほんとに酔ってたのである。
九
街路から、扉口のカウンターをくるりと廻って、喫茶のホールにはいると、空気がいささか重く淀んでるだけで、まだ正午前のこととて客は少なかった。右手のボックスの奥で、千代乃は煙草を吹かしていた。その煙草の煙だけを相図のようにして、眼を伏せ、考え込んでいたのである。
彼女の姿を見て、長谷川はほっと安堵し、同時に、なにかぎくりとした。側まで行くと、彼女は眼がさめたように立ち上って会釈し、またすぐ腰を下し、正面に坐った長谷川の顔に、視力の強い眼を据えた。
「いつ出て来たんですか。」
「一昨日。」
そして初めて、彼女の眼はちらと笑った。
「そんなら、前に知らしてくれたっていいのに。」
「昨日は一日、用事があったものですから。忙しかったわ。」
「いきなり電話でしょう。大至急用があるなんて……。あわてちゃった。なにかあったんですか。」
「逢いたかったの。」
はぐらかすように言って、彼女は眼をちらと動かした。
それで、言葉が途切れ、コーヒーが来て、長谷川はそれをすすった。
しばらく見ない間に、千代乃はすこし痩せたようだった。なんだか疲れてるようで、顔色も冴えていなかった。その代り、なにか思いつめてるといった風な、一筋の心棒が通ってる感じだった。
「なにかあったんでしょう。」と長谷川は尋ねた。
「いいえ。」
彼女はかるく頭を振り、それから上目を据えてちょっと考えた。
「あなた、今日、お忙しいの。」
「いつもの通りです。」
「それでは、これから、どこかへ連れていって下さいません。電話では、ちょっと言いにくかったものですから……。どこでもよろしいわ。お金は、わたし用意していますの。ただ、東京都内はいや。東京の外でさえあれば、どこでもいいわ。どんなところでもいいわ。いろいろ、お話がありますの。ね、行きましょうよ。あなたがだめなら、わ
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