を訴える……いや、批評しはしませんでしたか。」
「はっきり記憶していませんが……。」
「それなら、なお結構です。どうもわたしには、いったいに、女がふだんどのようなことを考えているか、さっぱり見当がつきませんのですよ。」
 柿沼の言うところは、はっきりしているようでいて、実は、なんだかすべて上の空のような感じがあった。顧みて他を言ってるようだった。長谷川はいやな気持ちになった。
「あなたが言っていられるのは、一般の女のことでなく、千代乃さんのことでしょう。」
「そうです。初めにお聞きした通りです。」
 それでもやはり、柿沼は眼を宙にやって、何気ない顔付きをしてるのだった。普通の世間話でもしてるようだった。その調子に、長谷川は乗ってゆけなかった。沈黙が続いた。
「おいやなら、千代乃さんの話はやめてもよろしいです。」柿沼は天井の方へ煙草の煙を吹きあげた。「実のところ、わたしにとっては、あのひとの意向なんかは、もうどうでもよろしいのです。松木君はしきりに気をもんでるようですが、わたしは何とも思ってはいません。ただわたしの悪い癖で、物はすべてその在るべき場所に在ってほしいと、そう思うだけのことで……。」
「在るべき場所と言いますと……。」
「まあ、秩序ですね。何物にもそれぞれの場所がありましょう。椅子には椅子の在るべき場所がある。卓子には卓子の在るべき場所がある。箪笥には箪笥の在るべき場所がある。椅子のあるべき場所に箪笥があったら、これはおかしなことですからね。」
 長谷川はなにかぎくりとして、柿沼の顔を見つめた。
「すると、千代乃さんや……僕の場所が、どうこうと仰言るんですか。はっきり言って下さい。」
「いやいや、そんなことではありません。打ち明けて申せば、あなたたちが……つまり、愛し合っていることを、わたしは知っていますし、そのことに異議をとなえるのではありません。それはあなたたちの自由です。そのことについて、わたしが冷淡であり、或るいは無関心であるとしても、それはわたしの自由です。けれども、御存じの通り、千代乃さんの地位というか、場所というか、それについてわたしは、過去に、責任を帯びていました。家内の葬式にあのひとが出て来なかったため、わたしの責任は一応解消されたようなものの、それだけでは、明瞭な解決とは言えません。つまり、あのひとはわたしの室の中にいるのか、わたしの室
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