顔つきでその写真を見上げたら宜しいでしょうか。
 祭壇の前に、親戚の人たちや知人たちが立ち並んでおります。順々にお焼香を致します。私はたぶん親戚の末席となるでしょう。私のことを知ってるひとも知らないひとも、みな、好奇の眼つきで私を眺めるにちがいありません。私は喪服はきらいではありませんが、たくさんの好奇の眼に射すくめられて、しとやかに首垂れたものか、皮肉に微笑したものか、挙措に迷うことでしょう。
 しかも、いちどそこに立ち並べば、私には次の席が予約されております。こんどは、柿沼と二人のお嬢さんとの間の席です。柿沼の後妻、お嬢さんたちの継母です。この二人の娘さんを私はきらいではありません。一人はもう女学校を卒業しており、一人はまだ女学生で、どちらも無口な淋しそうな人柄です。けれども、私の方、ママハハというのは少しひどすぎます。ノチゾイというのは少しひどすぎます。オメカケの方がまだましなくらいです。
 そういう葬式の席へ、それから予約の席へ、私はただ事務的に招待されたのです。いえ、招待もされず、ただ、そこが私の席だときめられたのです。柿沼と兄と、それから誰かが、そうきめたのです。その席がぽかんと空いています。私はのこのこ出て行って、そこに腰をすえるべきでしょうか。長谷川さん、あなたならどうなさいますか。
 私は、自分にあてられたその空席に、背を向けました。そしてこちらへ帰って参りました。若月旅館のお上さんの席は、やたらにお琴をかき鳴らしてごまかしましたが、こんどの席については、逃げだすより外に、ごまかしの仕方がありませんでした。
 けれども、私としては、逃げるというような卑怯な気持ちでは、少しもありませんでした。むしろ、積極的な反抗でした。精一杯の抵抗でした。おわかりになりますかしら。そしてこれだけの力が私にあったことを、ほめて下さいますかしら。
 もうこうなったからには、なおさら、私はあなたに寄り縋ります。覚悟していて下さい。宜しいでしょうね。と言っても、あなたのお側に、なにかの席を欲しがってるのではありません。心と心との宿命的な誓い、それだけが欲しいのです。
 三田の伯母さんは、なにかのついでに、「わたしが話をまとめてあげてもよいけれどね……。」とうっかり洩らしたことがありました。あなたと私との結婚のことを考えたのでしょう。私はふふんと鼻の先で笑ってやりました。あな
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