その埃を払っている。と同時に勉強しているのだ。文学書は埃を払っただけだが、美術に関するものは、洋書だと、一つ一つ※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]絵を眺めてゆき、日本史のものだと、半日でも読み続けている。その方面のことは、まるで知らないらしい。つまらない初歩的解説に読み耽ったり、島村が隙な時には、西洋の名画や通俗画の見さかいなく、持ってきては題名を尋ねる――彼女には西洋文字の知識が皆無なのだ。そして彼女とは何の関係もなさそうな美術のことを幾らかでも知ることは、埃を払うことと同様に、彼女にとっては仕事なのだ。が一番おかしいのは、壺の掃除だった。彼女はどう考えてか、ソーダ水を飲む麦桿を十数本買ってきて、その一本を壺の中にさしこんで、顔を真赤にしながら吹き立てたものだ。壺の中には、驚くほど埃がたまっている。それが麦桿からの息で、ぱっと吹きたてられる。彼女の顔は黒くよごれ、髪は白くよごれる。同じ埃でも、顔と髪とでは、色がちがってくるのは妙だ。鏡を見て、彼女はくすくす笑っている……。
 そうして、彼女の臨時の室は――彼女は引続いてそこにしか寝ようとしない――
前へ 次へ
全27ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング