通りにするから……。」
「さあ、どうだろうね。」
 女中の方に島村が言葉を向けると、女中は静に笑っている。その眼がキミ子の眼と出逢って、更に微笑するのだ。いつのまにか、妥協してるのかもしれない。だが、そんなことより、島村は自分の仕事を持っていた。アトリエに籠って、彫塑の泥土をこねまわさねばならない。アトリエは彼の城廓だ。女中にも、誰にも、やたらに窺※[#「穴かんむり/兪」、第4水準2−83−17]を許さないのだ。がそこへも、扉の隙から、キミ子のおかっぱが覗きこむ。
「先生……。」
 甘ったれた声だ。わりに綺麗だという家のなかに、きたないところを見付けたのだ。仕事があったのだ。手をつけてよいかどうか、女中さんたちにもこればかりは判断が出来ない。お仕事の邪魔はしないから……。というのは、アトリエの次の室、彼女が昨晩とまった室、それがきたない。殊に棚の上や書物の間には、埃がたまっている……。
「静に……そして元通りに、しておくんですよ。」
 そんなことは心得てるという、そして嬉しそうな顔だ。実際、ことりとの物音もしない。彼女は、ゆっくりと掃除にかかっているのだった。書物を一冊ずつ引出しては、
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