だ。彼女の前には、大きな※[#「王+昌」、274−下−15]玳の甲羅が壁にかかって、美しい色艶を見せていた。
「これ、鼈甲がめでしょう。」
「うむ。」
「鼈甲も、こうして甲羅でみると、そうブールジョワくさくないあね。」
賛意を表するには、キミ子の口から出たとしては、余りに生意気な言葉だ。島村は黙って、煙草に火をつけた。その側へ、彼女は寄ってきた。
「あなたは、松浦って人、御存じ?」
「松浦……知らないね。」
「じゃあ、中江さんは?」
「中江……知らないね、そんな人は。」
「…………」
「どういう人だい、それは……。」
「それでいいわ。それから、あたしね、モデル女だとしといて頂戴。少し変かも知れないけれど……。」
「…………」
じっと見入ってくる彼女の眼は、妙に真剣だった。真面目な秘密がその底にあるらしい。色恋の背景じゃない。何かしら生活的な背景だ。蓄音器のジャズに合して足ぶみをしたり、酔っ払った真似をしたり、処女でなければ出ないような甲高い叫び声で、客のわるふざけをけとばしたり、そして常に快活で陽気な、バーの彼女、それがいつもより理知的になって、――思いなしか、皮下の贅肉も少く、強
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