健そうで、信頼のこもった真剣さを見せている。
「よろしい、君の云う通りにしておこう。安心し給え。」
 島村が手を差出すと、彼女は力強くそれを握りしめた。それをまた、島村は握り返した。彼も調子がとれなかったのだ。酔うとだらしがなくなって、やたらにはしごで、与太をとばして歩く、そういう時にしか逢ったことのないキミ子だ。それが、特別な好悪の感情はなかったにせよ、こちらが真面目でいる時に、こまっちゃくれた小娘の姿で、何かしら真面目な思想をもって、飛びこんでこられると、逆に、虚を突かれた形で、裏から覗かれた心地で、落付けなかったのだ。壁の高みで、玳※[#「王+昌」、275−上−24]の甲羅が笑っている。滑っこい、人を馬鹿にした笑いかただ。島村はやたらに煙草をふかした。キミ子は黙っている……。
 女中が、伊達巻姿で、布団を運んでくると、島村は立上って、用もないのにアトリエの扉を開いて中を覗いた。室の中を歩き廻った。グラスやコップを片附けた。――我儘なお客さんだ。その長椅子の上に寝るんだって。いい加減に寝かしてやれよ。
 キミ子は、びっくりした様子だ。顔を真赤にして、ばかに丁寧な言葉で、女中に詫びた
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