来た。どんなつまらない仕事でも、楽しんでやれば、価値がある。女中の仕事にも、家庭的に考えれば、しみじみとした味がある。嫌々ながらやれば、どんなことでも駄目になる。楽しんで働くことだ。心から働くことだ。プチ・ブルの生活にも――御免なさいとも何とも云わないで彼女は続けるのだ――プチ・ブルの生活にも、いいところがある。いけないのは、プチ・ブルの根性や意識などで、生活そのものは、人間の生活そのものは、どこでもそう大した変りはない。そして、いろんな形式の生活をしている者が、心から知合になるのは嬉しいことだ。いつどんな助けになるか分らない。自分だって、またいつ先生のお世話にならないとも限らない。ほんとに有難く思っている……。――だが、彼女はそんなことを云いながら、本当のことを云うと共に、また嘘をも云ってるのだ。家庭だの、プチ・ブルの生活だの、人と人との知合だの、彼女が考えてるのはそんなことばかりじゃない。口を利きながら、彼女の眼玉の奥には、他の或る思想が湛えている。先達の晩と同じだ。彼がその思想の方を見つめていると、彼女は眼を伏せて、御免なさい、と突然云いだしたものだ。身の上も事情も話さないで、た
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