がったんだろう。」
島村陽一がそう云って、彼女の目を覗きこむと、彼女の眼は一寸まごついて、それから笑った。皮肉がかった笑いだ。がそれきりで、彼女の眼の奥の或る思想は、捉え難く静まり返ってしまう。どうしたんだときいても、どうもしないという。喧嘩をしたのでもない。何かが気に入らなかったのでもない。追い出されたのでもない。ただ、バーを――彼女はその小さなバーの二階に寝起していたのだ――飛びだしたが、訪ねていった家の当が少しちがって、今晩泊るところに困ってるのだった。
「あとで、また、ゆっくりお話するわ。」
そして、別に他意ありそうもない笑いだ。
「まあそんなことは、どうでもいいさ。酒でも飲まない?」
ホワイト・ホースをコップの水にわったのを、彼女は一杯だけうまそうに飲んだ。があとは、水だけだ。今晩は酒をのんではいけないのだという。煙草は? やめたといって手をださない。それが、意志の力で抑えているのではなくて、如何にも自然に振舞ってるのらしい。
「少し、てれちゃうね。」
島村はウイスキーのコップを手にしながら、苦笑した。
「あなたは、飲んでもいいわ。」
そんなことで、遅くなってしまっ
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