大きな目玉が澄み、何だか知れない興奮の色が頬に残っていて、紫縞の銘仙の着物の襟を合している、それが、年齢より四つも五つも若く、まるで十四五歳の少女のようだった。
「この室、いつもとちがってるわ。」
 いつもと……じゃあるまい。彼女が来たのはたった一度きりだ。二三人の男たちに、酒の上で、一寸引張ってこられただけだ。そしてその時とちっともちがっていない室だ、棚には古い安物の壺や皿が竝んでいる。棚の下の書棚には美術や文学の雑多な書物が竝んでいる。出張窓の花瓶には嘗て花が※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]されたことはない。そしていつも変らぬ椅子や卓子。そして日に日に、目にはつかないが、埃や人の手垢が多くなってるきりだ。だが今夜、彼女は一人で、泊るつもりで闖入してきている。バーの女給から、小賢しい変に真面目な女性に蝉脱している。白粉気が少くて、耳朶が[#「耳朶が」は底本では「耳孕が」]一寸美しい。いつもの無邪気な大きな目玉だが、その奥に、或る思想が――計画とか考案とか決心とかではなく、対象なしに独自的に存在するある思想が――静に湛えている。
「何だか、当がち
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