どちらともつかない調子だ。そして微笑しながら、彼の顔を珍らしそうに覗きこんで、二日酔ってどんな気持かしら、などと云い出すんだ。――それは、ぼんやり記憶の糸を辿りながら、自分では少しも口を利きたくなく、そのくせ誰か親しい者の話でも聞いていたい気持だ。――そんなら、全然反動的なものね、などと生意気なことを彼女は云う。酒の酔にも反動があるのは面白いなどと。だけど、酔払うと大抵は誰でもやたらに饒舌になるのは、不思議なことだ。殊に先生のはひどい。ふだんは無口でいて、一度酔ったとなると、やたらにべらべら饒舌りだす。どんなことでも饒舌ってしまいそうだ。信用ができない。秘密が保てない。酒飲みには大事が為せないとは本当だ。――然し、大事を為すには、秘密を保つ必要はないのだ。公明正大に為すべきだ。――それは実行にはいってからのことだ、などと彼女は云う。準備時代には或る種の秘密が保たれなければならない……。――だが、議論は今の彼には面倒くさかった。全く、自分では口を利きたくなかったのだ。ただ彼女の言葉を聞いているだけで足りた。それに、そこで饒舌っているのは彼女一人ではない。彼女のうちに、彼女以外の誰かがい
前へ
次へ
全27ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング