るようだ。そして彼女は――キミ子は、だんだん遠くなっていく。コスモスでの存在の方が、眼前の存在より大きくなっていく。おかしな女だ。或は彼の認識が足りないのかも知れない。足りなくても構わない。腹痛はもう殆んど去って、身体各部のばらばらな感じだけがまだ残っていて、大儀なのだ。脳味噌にもまだ酒の滓が残っていそうだ。うつらうつらと、簡単な返事だけをしていると、彼女もしまいには黙ってしまう。こんな時、子供たちに対するように、書物でも読んでくれればよいのに……。
 その子供たちの一人が帰ってくると、キミ子はその方へ行ってしまった。
 彼は暫くうとうととした。珍らしく床の中で新聞を読んだ。起上ると、夕陽が赤々と照っていた。その中で、庭で、キミ子は子供たちと戯れながら、風呂の焚付に古い木箱をわっている。鉈を振上げたおかっぱの彼女は、コスモスの彼女や議論の彼女とは、また別な似合った存在だ。振向いた顔が、健康そうに赤くほてっている。
「みんなが、半日労働をして、半日勝手なことをして暮す……そうした世の中になると、ほんとうにいいと思うわ。」
 言葉は公式だが、それでも、心から自然に洩れた本音らしい。云ってし
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