しく痛んでいる。腸の中に、恐らく天麩羅の蝦が停滞して、足ぶみをしてるのだ。そのたびに、腸の粘膜が痛み出す。そして脳味噌の中には、酒の滓が沈澱していて、重苦しい。彼は眼を開いたままじっと寝ていた。身動きするのも大儀だ。手足が、そして身体中の筋肉が、別々の物体になって、ただそこに寄り集ってるきりだ。午後になるまで、彼は起上らなかった。
 そこへ、キミ子がやってきて、彼の床わきにぴたりと坐ったものだ。何だか彫刻でも据えたような恰好だ。そして生真面目に、御病気なら看護してあげると云う。それが本気なのだから可笑しい。病人を看護するには、何かが足りない。切りっぱなしの髪が、余りに無雑作だ。坐り方が、余りにも固苦しい。全体に、余りにも曲線が乏しい。看護人は、病苦の刺々[#「刺々」は底本では「剌々」]を包みこむふんわりした真綿みたいでなければならないのだ。島村は煙草に火をつけて、彼女の方を見やる。それにつれて、彼女も苦笑する。そんなら二日酔ですかってきく。まあそうだな。煙草の煙もそれに調子を合せる……。
「ゆうべ、コスモスにいらして?」
 何かがちらと光ったような問いだった。コスモスというのは、彼女が
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