脱衣場に、家のものと一緒に竝べているが、室にも櫛を一本置いていて、そこの鏡で、時きらわず髪を梳く。子供たちと遊んだり、掃除をしたりした後で、大して乱れてもいない短い毛を、さっさとなでつけるのだ。それが彼女の癖らしい。そのために、毛が落ち散ることがある。ところで、島村に云わすれば、女の毛髪は凡そ不潔なものの代表だ。垢と埃と油でこねあげたものだ。固より彼女の断髪は、油気の少いさっぱりしたものではあるが、それでも不潔なことを妨げない。掃除を一つの仕事にしている彼女としては、矛盾した仕業だ。而もそれが、アトリエの次の室だ。島村はよく眉をしかめた。彼女もそれに気がついた。然し、癖はやはり癖だ。
 その一寸した癖を除いては、彼女は善良な娘だった。朝は早く起きて、女中たちと一緒に掃除だ。それから勉強的埃払い。夕方は台所の手伝い。それに子供たちの相手。全く小間使の生活だ。ただその小間使は、自由に金を使った。女中たちから小遣をもらっては、子供たちのお三時のために、或は晩の惣菜のために、勝手なものを買いこんでくる。果物や菓子はよいとして、罐詰やソースや肉類を集めて、訳の分らないハイカラなものを拵える。それ
前へ 次へ
全27ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング