一員になりすましている。女中たちとも仲がよく、子供たちとも仲よしだ。だが、キミ子、それも本名だかどうだか分らないし、姓は尋ねても、笑って答えない。或る時、彼女が子供たちに話してる言葉を、彼は蔭から聞いたことがある。――「日本人同士は、名前の方が親しみがあっていいのよ。豊臣秀吉は、秀吉、加藤清正は、清正……。豊臣といったり加藤といったりする人はないでしょう。藤原鎌足や菅原道実だって、鎌足や道実で、藤原だの菅原ではないでしょう。東郷平八郎だって、もっとたつと、東郷大将じゃなくて、平八郎になってしまうわよ。ただ、外国人は別ね。いつまでも、トルストイだの、クロポトキンだの……。それでも、ナポレオンなんか、もとは名前よ。苗字はボナパルトというんだから……。」――それは詭弁だ。だがとにかく、彼女自身は、キミ子さんと皆から云われている。それがいつしか、耳になれてしまっているのだ。島村までがキミ子さんと呼んでいる。
キミ子が、女性だからよいが、男だったらそれでは少し変だったろう。然し、女だから困ることもある。彼女は自分の室で――アトリエの次の室で――よく髪を梳く癖があった。一寸した化粧道具は、浴室の
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