商売をする為めに街の商人のところへ行き、馬鹿のイワンは妹と一緒に残って、一生懸命に働いた。軍人のセミョーンは、高い位や領地を得て、或る貴族の娘と結婚した……。)
大体そういった調子なのだ。ところが、こんなやさしいところは無事だが、少しむずかしいところになると、彼女は言葉につかえたり、云いなおしたりする。小学校の子供たちは、殊に男の児は、それを非難する。嘘を読んでいるんだといいだす。彼女は書物を見せて、説明してやる。そしてなお熱心に話し続ける。そうした読み方が子供たちには嬉しかったに違いない。隙さえあれば、彼女にせがむ。島村も時々、その集まりの仲間にはいった。静かな晩、電燈の光がやさしい明るみを投げている。ランプか蝋燭でもともしたいような光景だ。子供たちは熱心に耳を傾けている。キミ子は一生懸命に飜訳して話している。ゆるやかな美しい声だ。言葉につかえると、頭をかしげて一寸考える。短い髪の毛がさっと揺れる。それでもなお言葉にまごつくと、困ったような無邪気な眼を大きく挙げて、朗かに笑いだす……。
それは全く、彼が知っているバーの女給ではなかった。不意に闖入してきた客だ。そしてすぐに、家族の
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