た。それが更に僕を彼女の方へ惹きつけた。そこへもってきて、彼女と平賀との一件だ。卑劣な取引だ。僕が多少の平衡を乱したとて、無理はないだろう。僕は自分自身にも復讐し、彼女にも復讐せずにはいられなかった。その際、僕のような男にとって、復讐の唯一の途は、自分自身を辱しめ、彼女を辱しめることだ。……ああもう沢山だ。君が云った通りだ。僕は君の流儀に改宗するぞ。頭を風に吹かして、さっぱりした。
――ほほう、漸く気がつきましたね。だが、あなたはまだ波江さんを……波江さんみたいな存在を、呪ってるようですね。それじゃあこの先危っかしいものですよ。
――うむ、僕はあんなのを呪ってやる。それでも僕自身、安全なのに変りはない。
俺は頭をふったが、黙っていてやった。今村はさも眠そうだった。もう顔を腕に伏せて、ぐったりとしていた。その様子を見ながら俺は、だが此男あんがい物になるかも知れないぞと思った。東京駅につくと、今村はびっくりしたようにとび起きて、きょとんとした顔付で、網棚の上に帽子を探したが、思い出したと見えて、すたすた電車から降りていった。
底本:「豊島与志雄著作集 第三巻(小説3[#「3」は
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