のお祖師様にだけある妙法丸とかいうもので、あらゆる腹痛にきく特効薬で、副作用は絶対になく、自分の家では祖母の代から実験ずみだとかなんとか……。あの男、いやに丁寧で、物腰も静かだが、なかなかくわせ者ですよ。人間五十にもなれば、誰だって相当にくわせ者になりますがね。それはとにかく、平賀さんの薬の渡し方と、波江さんの受取り方と、それをすぐにしまいこんだ様子など、よほど親しい仲でなければああはいくまいと思わせるものが、あったでしょう。それをすぐに気付いたあなたも、さすがですよ。それからあなたは黙りこんで、酒ばかり飲んでいましたね。
次の時は、もっとはっきりしていました。まだ宵のうち、平賀さんはもう相当に酔っていて、外に出ようとすると、そこに置いてある棕梠竹の鉢にぶつかってよろけた、ところを、後から送っていった波江さんが、手をかして支えてやった。普通なら、ははは酔ったな、とか何とか笑ってしまうところを、二人でそこに立ち止って、何かひそひそ話をしている。それが、檜の丸たん棒の値段のことじゃありませんか。店の造作に関することなんでしょう。あなたは耳をそばだてながら、苛立ちそして悄気ましたね。
あなたの目についたのでもそれだけあるとすると、陰でどんなことがあったか分ったものじゃない。そして偶然らしく平賀さんの話が出た時、彼が或る会社の重役だということを聞いて、あなたは目を丸くしましたね。全く、会社の重役という柄じゃない。だが、合名会社で、綿布類をあつかう商売だと聞いてみれば、驚くに当りませんよ。驚いたのは、あの時のあなたの挨拶だ。
「あたし、どうにもやりきれないから、平賀さんにお金の融通をお頼みしたんですけれど……。」――「そんなことをして、あなたは、堕落してもいいんですか。」
その時、波江さんは唇をかんで、冷たい石像のようになりましたよ。女の決意というものは、どんな機縁でどんな方向にむくか分らないものです。生命をかけて信頼出来る真心、それはめったに見出せないものですが、それに縋りついていない限りは、いつも宙に浮いてるようなものですからね。いや、男の決意だって当にはなりませんよ。あなた自身のこと、よく考えたら分るでしょう。
然し、私はあなたに賛成です。悉く賛成ですよ。やはり私が見込んだだけのことはあります。
先日は素敵でした。あれ、学校の学年初めの懇親会とか、そんな会でし
前へ
次へ
全18ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング