う小説を私は考えてみたのである。射的場の砂中から拾い出された一個の銃弾が主人公なのである。ところがこの主人公は、見つむれば見つむるほど、際限もなく拡大されていく。先ず最初には、製鉄所がある。そこに働く数千の労働者、昼夜とも不断に火焔を発してる熔礦炉を中心に、複雑なる製鉄工程。次には、特殊な組織をなす軍需品工場。そして生まれ出た一個の銃弾が、弾薬庫の中に他の同類と共に蓄積され、聯隊に輸送され、兵士に分配され、小銃に装填され、発射され、三百米を一瞬間に飛んで、砂の中に突入し、そこで錆びていくのである。そしてこの作品では、製鉄所は省略するとしても、軍需品工場は是非必要であるし、なお、軍隊組織を無視するわけにはいかない。かくして、一個の弾丸を見つめる時、その背後に、或はそれを通して、種々の設備や組織が立現われてき、錯雑紛糾を極めるのであった。云いかえれば、一個の弾丸は際限もなく拡大していって、私の視野の外にまで拡がり、私はその全貌を捉えることが出来ず、「錆びた銃弾」が書けなくなってしまったのである。
ところで、軍艦三笠は限りなく縮小し、錆びた銃弾は限りなく拡大して、どちらも作品にはならなかっ
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