の顔面筋肉の僅なおののきに過ぎなくなり、ただ彼女の姿だけがそこに現われるのだった。或は港の中にじっと立止り、或は静かな海をそぞろ歩きし、或は暴風雨の中を突進する……。その後ろ姿を見守っていると、彼女の姿は益々小さくなり、海戦においても、指頭大の玩具の舟にすぎず、砲弾は砂粒にすぎない。そして遂には、私は彼女の姿を見失いがちで、茫漠たる海洋だけがはてしもなく広がってるのだった。私はまたあらためて彼女の姿を探し求め、彼女の跡を追うのであるが、ともすると再びその姿を見失いがちで、海洋の永遠な広茫だけが全面に立現われてくる……。そういうわけで、三笠は常に縮小し縮小して、一の微粒子とまでなって私の眼をのがれ、私はそれを捉える術もなく、遂に「軍艦三笠」は書けなくなってしまったのである。
 この「軍艦三笠」と全く逆なことを、私は「錆びた銃弾」で経験した。私が中学時代を過した郷里の、海岸の松林のなかに、昔、射的場があって、聯隊の兵士たちが時折実弾射撃をやった。その射的場の附近の砂の中に、流れ弾が埋ってることがあって、それを掘りだすのが少年の楽しみだった。そうした弾丸の一つを主題にして、「錆びた銃弾」とい
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