ていの人はみな知っていた。朝から酔っ払ってることさえあった。だが、往来ばたに坐りこんで砂利を投げ散らしてるのは、ちとひどすぎた。平素着の着流しに安物の下駄をはき、半白の頭髪をもじゃもじゃさしていた。怒っているのか面白がっているのか、顔の表情では見分けがつかなかった。
 すると、店の硝子戸を勢よく開けて、可なり年配のひどく痩せた女が出て来た。酒を飲む時はたいてい内山に附き添ってる山田朋子だった。その日も一緒に飲んでいて、勘定するためにちょっと後れたのだったろう。内山の様子を見て、彼女は手を執らんばかりにして言った。
「まあ、呆れた先生ね。先生、もう帰りましょうよ。」
 三文画家を先生と呼ぶのも、呆れたことだった。だが、内山先生、彼女に何か言われるとわりに従順で、すぐに立ち上り、二人肩を並べて立ち去っていった。
 その後ろ姿を見送って、私は微笑した。日本にも変り者が出て来たなと思った。そして自分もつい一杯飲みたくなって、峠の茶屋にはいっていった。
 店内には、眼のくるりとした粗末な洋装の若い女客が、片隅でひっそりとソバをすすっていたが、その方には全く気兼ねなしに、先程の奥さんとおばさんとが
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