ことを、後々までしつこく覚えてるやつにはかないません。」
「然しそんなのは、生酔いですな。」
「ところが、酔えば酔うほど、その時のことをはっきり覚えてるのがありますよ。うちの女房なんかその方でしてね……。奥さんはどうですか。」
朋子はただ微笑しただけで、何とも答えなかった。
「もっとも、奥さんはちょっと内山さんの相手をなすってるだけで、ほんとにお酔いなさることなんかないでしょうけれど……。」
中村は眉間に皺を寄せて、何やら考え込んだ。それから暫くして、ふいに呼びかけた。
「内山さん、あなたがたのために、わたしはとんでもない迷惑を受けましたよ。」
「ほう、そりゃあ初耳ですね。」
「そうでしょうとも。こんなこと、わたしはまだ誰にも饒舌ったことがありませんから。」
「そんなら、当人の僕に最初にお饒舌りなすったら、どうですか。」
「さあてな、そうしましょうか。」
中村は内山と朋子の方を眺めながら、なかなか言い出さなかった。
「つまり、その……。」
考えをまとめるかのように間を置いた。
「つまり、あなたがた二人が、あまり仲がいいものだから、女房のやつ、焼餅をやきましてね……いや、焼餅とい
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