生意気に、男女同権とかなんとか言い出すんですからね。わたしは断言しますが、女は男より劣ること数等で、食うことと眠ることと饒舌ること以外に、何の能がありますか。」
中村の話はそれから、次第に乱暴になってきて、まるで焼酎を相手に饒舌ってるかのようだった。
「あいつはいつも、着物を一揃いほしがっていましたが、わたしも不如意で、商売は左前、税金はかさむ、着物どころの騒ぎですかい。商売屋にぼろ洋服では不似合だと、わたしも知らないじゃありません。だが、どうしてああ日本着物をほしがるのか、不思議です。怪しげな飲屋の女中なんかしていたのを、わたしが拾いあげてやった、その恩義はけろりと忘れて、十五も二十も年が違うのに一緒になってやったと、逆にこちらへ恩を着せようとする。女中だって給金を貰うのに、わたしは着物一枚作って貰えず、一生飼い殺しにされるのかと、喰ってかかる。そしてなにかにつけ、内山さんをご覧なさいと来ます。身分違いだといくら言って聞かせても、そんなことは耳にも入れません。だからわたしは、山田さんを見てみろと言い返すんです。どんなに親切にしとやかに内山さんに仕えてるか、少し見習ったらどうだい、と言い出すと、もうむくれ返って、どうせわたしは不親切で莫連だとがなり立て、大喧嘩になるのが落ちです。どうもわたしのところでは、内山さんに山田さんは鬼門だが、それがいつも出て来るから、訳が分らない。何より悪いのは、あいつが焼酎なんかひっかけて酔っ払うことでしょうね。だから、奥さん、あなたもあまり酒は飲まない方がよろしいですよ。」
中村は焼酎のコップから顔を挙げて、なんだか珍らしそうに朋子の方を眺めた。
朋子は初めから黙っていたが、内山も先程から黙り込んでしまった。銚子が空になると、つと立ち上った。
「帰ろう。」
朋子が勘定するのも待たないで、先に出て行ってしまった。
おばさんは朋子に小声で言った。
「あのひと、酔っ払ってるんですから、気を悪くしないでね。」
「いいえ、どうしまして、お互さまですもの。」
朋子は声も低めずに答え、平然たる様子で、内山のあとを追って行った。
おばさんは中村の方を向いた。
「中村さん、少し言い過ぎでしたね。いくら酔ってるからといっても、気をつけるもんですよ。」
中村はけろりとしていた。
「言い過ぎって、何が言い過ぎですか。」
「内山さんや山田さんのことを、さんざん言ったじゃありませんか。」
「何も言やしません。わたしはただ、自分のことを饒舌っただけですよ。それにしても、少し饒舌りすぎたかな。そんならおばさん、謝っといて下さい。その代り、女房のやつにうんと言ってやるから。また喧嘩かな……。」
中村は焼酎をなめて、大きく溜息をついた。
三人連れの客がはいって来た。それがきっかけのように、中村はもう口を利かなくなった。
内山と朋子は相変らず峠の茶屋にやって来た。中村の一件は、全く気にかけていないようだった。
ところが、意外なことがほかで起った。
中村の女房が猫いらずを飲んで死んだ。おどかすつもりなのが間違ったのだ、とも伝えられたし、取り逆せて初めから本気だったのだ、とも伝えられた。中村が峠の茶屋で内山たちに逢った時から十日ばかり後のことで、その夜、夫婦とも泥酔の上で取っ組み合いの喧嘩をやった。女房は階段から転げ落ちたが、怪我もなかったと見えて、また二階へ昇って行った。夜中に彼女は台所へ降りて来て、食べ残りの冷たい味噌汁に猫いらずをぶちこみ、一気に飲み干したものらしかった。
峠の茶屋のおばさんの話に依れば、彼女は死ぬ前に二度ほどやって来て、内山と朋子とのことをへんにしつっこく聞きただした。その様子がどうもおかしいし、中村の先夜のこともあるので、おばさんはいい加減な返事をしておいた。それでも、彼女は感心したり、腑に落ちない風で小首を傾げたりしていたが、終りに尋ねた。
「あたしここで、あのお二人に逢ってみたいと思いますが、どうでしょうか。」
「前に出逢ったことがあるじゃありませんか。今でもよく来ますから、いつでも逢えますよ。いったいあんたは、逢ってどうするつもりですか。」
「いえ、ちょっと気になることがあって……。」
丸っこい眼を宙に見据えてる彼女の様子こそ、おばさんは気になった。
ただそれだけのことに過ぎなかったが、話題に乏しい人々の間ではいろいろ尾鰭をつけて伝えられた。
或る晩、私はちょっと一杯やりたくなって、峠の茶屋に立ち寄ると、老眼鏡をかけた婆さんが、おばさん相手にひそひそと饒舌っていた。おばさんは骨休めに、婆さんの向い側の客席に腰を下して、飴玉をしゃぶっていた。
「中村さんも、死んだお上さんも、あの年とった鴛鴦さん二人を、たいへん怨んでいたというじゃありませんか。それには何か訳があったに違いあ
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