りませんよ。」
おばさんは頭を振った。
「怨んでいたんじゃありませんよ。ただ少し、羨ましがってたようですけれど……。」
「それにしてもね、とにかく、ひとを羨ましがらせるようなことをするのは、よくありませんよ。あっちで見せつけるから、こっちで羨むんでしょう。見せつけさえしなければ、誰も羨みなんかしないんですからね。少し慎しみが足りませんね。」
「見せつけるつもりはありませんよ。ただ、たいへん酒好きなだけでしょう。」
「いくら好きだって、まっ昼間から酔っ払ったりするのは、どうかと思いますよ。二人ともいい気になって、人前というものもありましょうにね。あんたがあまり飲ませるのも、いけませんよ。」
娘さんが燗をしてくれた酒を、ちびりちびり飲んでいた私の方を、婆さんは横眼でじろりと見た。
おばさんはいつもの通りにこやかで、温顔を崩さなかった。
「わたしは、ひとから何か頼まれると、いやと言えないたちでしてね。それでも、あの奥さんと諜し合せて、たくさんは飲ませないようにしてるんですよ。」
「ええ、あんたのことは分っています。けれど、どうしてああ勝手な振舞いが出来るんでしょうね。中村さんとの間に、ほんとに何もなかったんでしょうか。」
婆さんは声を低めて、なにかしきりに探り出そうとしていた。そのようなこと、私には興味もなかったから、もう耳をかさないことにした。
銚子一本、ゆっくり平らげて、もう一本頼んでるところへ、内山と朋子が現われた。内山は少し酒気もあるらしく、そして上機嫌だった。私の方へ、親しげに眼で会釈をした。私たちは互に、言葉を交えたことはなかったが、度々出逢ったし、どちらもソバより酒の方だったから、しぜんに会釈ぐらいはするのだった。
朋子はおばさんに、煙草を三個出して見せた。
「パチンコで取って来たんですよ。上手でしょう。」
内山は袂の中を探って、パチンコの玉を十個あまり、卓子の上に並べた。
「僕の方はこれだ。きっと、子猫が喜ぶに違いない。」
朋子が振り向いた。
「あら、そんなことしていいかしら。」
「なあに、たくさんあるんだから、構やしないさ。」
二人の子供っぽい調子をじろりと見て、婆さんはソバの代を払って出て行った。
内山はパチンコの玉を掌の上に弄びながら、大きな声で言った。
「あのひと、僕はきらいだ。長く居られると、酒がまずくなる。」
何とも言わな
前へ
次へ
全11ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング