とを、さんざん言ったじゃありませんか。」
「何も言やしません。わたしはただ、自分のことを饒舌っただけですよ。それにしても、少し饒舌りすぎたかな。そんならおばさん、謝っといて下さい。その代り、女房のやつにうんと言ってやるから。また喧嘩かな……。」
中村は焼酎をなめて、大きく溜息をついた。
三人連れの客がはいって来た。それがきっかけのように、中村はもう口を利かなくなった。
内山と朋子は相変らず峠の茶屋にやって来た。中村の一件は、全く気にかけていないようだった。
ところが、意外なことがほかで起った。
中村の女房が猫いらずを飲んで死んだ。おどかすつもりなのが間違ったのだ、とも伝えられたし、取り逆せて初めから本気だったのだ、とも伝えられた。中村が峠の茶屋で内山たちに逢った時から十日ばかり後のことで、その夜、夫婦とも泥酔の上で取っ組み合いの喧嘩をやった。女房は階段から転げ落ちたが、怪我もなかったと見えて、また二階へ昇って行った。夜中に彼女は台所へ降りて来て、食べ残りの冷たい味噌汁に猫いらずをぶちこみ、一気に飲み干したものらしかった。
峠の茶屋のおばさんの話に依れば、彼女は死ぬ前に二度ほどやって来て、内山と朋子とのことをへんにしつっこく聞きただした。その様子がどうもおかしいし、中村の先夜のこともあるので、おばさんはいい加減な返事をしておいた。それでも、彼女は感心したり、腑に落ちない風で小首を傾げたりしていたが、終りに尋ねた。
「あたしここで、あのお二人に逢ってみたいと思いますが、どうでしょうか。」
「前に出逢ったことがあるじゃありませんか。今でもよく来ますから、いつでも逢えますよ。いったいあんたは、逢ってどうするつもりですか。」
「いえ、ちょっと気になることがあって……。」
丸っこい眼を宙に見据えてる彼女の様子こそ、おばさんは気になった。
ただそれだけのことに過ぎなかったが、話題に乏しい人々の間ではいろいろ尾鰭をつけて伝えられた。
或る晩、私はちょっと一杯やりたくなって、峠の茶屋に立ち寄ると、老眼鏡をかけた婆さんが、おばさん相手にひそひそと饒舌っていた。おばさんは骨休めに、婆さんの向い側の客席に腰を下して、飴玉をしゃぶっていた。
「中村さんも、死んだお上さんも、あの年とった鴛鴦さん二人を、たいへん怨んでいたというじゃありませんか。それには何か訳があったに違いあ
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