ら》を這えば雨、空せえ上れば天気と、そう、まあきまったもんだが、なあに、今日は大丈夫、今に見ていてごらんなせえ、霧が上へ上へとあがって、鳥の飛んでるのが見えてくるから……。浜に鳥が群れていれば、沖へ魚《さかな》がついていると、そういうわけだよ。」
 そして彼は、これから大漁が続くと予言しながら、漁の少い夏場だけやって来る旅客をけなし、遅くまで居残ってる私をほめ、第一これからは、川に群れてる鯔《いな》にも脂がのってくる、鯔の食える季節は、山に初茸の出る時期の間だけだと、そんなことを話してきかした。かと思うと、今にひどい暴風雨が襲ってくると、波が砂浜を越して川や沼まで一面の海となり、旅館の庭先まで波頭が届くから、それを見なければ、この外海の様子は本当に分るものではないと、そんなことも話してきかした。それから、善良な笑いで長い眉毛をびくつかせながら、旅館の勝手元の方へ立去っていった。
 彼の話の間は気付かなかったが、一人になって眺めてみると、霧は果して一面に濛と湧き返って、それが次第に空へ昇っている。そして鋭い朝日の光が、いつしか横ざまに直射して、蜘蛛の巣の露は消え、その下の叢から虫の声が断
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