再び室の中にはいっても、私は書物を伏せたままにして、軒端の露の雫に耳を傾けていた。ぽたり……ぽたり……と、丁度糠雨の降る時のような雫の音で、それが大きな波音の間々に、しめやかな釘を打込んでいく。私はいつまでもぼんやりして、虫の声と雫の音とに、無心に聞き入りながら、煙草ばかり吹かしていた。どうしたことか、いつもは無雑作に投げすてる煙草の吸殻を、円い瀬戸の火鉢の縁に沿って、丹念に頭を揃えてつきさしてるのだった。
何時頃だったろう。時計は止ってしまっていた。遠くで鶏の声がして、冷々とした風が吹き込んできた。私は毛布を引寄せて、それをきて机の前に寝そべって、暫の間うとうととした。それからふと眼をさまして、冷気にぞっとしながら、夢現《ゆめうつつ》のうちに布団の中にはいった。
翌朝眼を開いた時、室の中には電灯がともっていたが、その光に交って、隅々まで茫とした妙な明るみがあった。半身を起して眺めると、閉め忘れた雨戸の間から、白々とした夜明の微光が見えた。
盲《めし》いたようなおかしな夜明だと思ったが、縁側から眺めると、それは深い霧のためだった。南寄り東に海を受けた、その海の面に濛々とした霧が低
前へ
次へ
全9ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング