注意しいしい頁をくっていると、ふと、雨滴の音が耳についてきた。遠くごーっと地響きをさせ、近くざーっと捲き返してる、二様の波音の間に交って、そして金属性の虫の声の合間に、ぽたりぽたりと、軒から砂の地面へ落ちる雨滴の音が、はっきりと聞えている。
 私はその音に耳をかしてるうちに、変にいぶかしい気持になって、開いている雨戸の間から覗きに立っていった。空には一面に星が輝いていて、雨の気配は更にない。おかしいな、と思う心が働くと共に、私はもう下駄をつっかけて、縁側から庭に降り立っていた。
 爽かなそして露っぽい夜だった。月のない空には、あらん限りの星がきらきら輝いて、南から北へ走る茫と仄白い銀河を中心に、低く高く懸っている。その一つ一つが、暗い空のなかに、はっきり浮出して冴え返って、見つめていると気が遠くなるほど、無限の距離に散らばっている。そしてその光に乗って、殆んど感じ知られない何かが、銀線の震えのようなものが、一面に地上へ降り濺いでいる。気がついてみると、地上にはしっとりと露がおりて、芝草の葉は重く垂れ、砂は深く湿っている。軒から落ちる雨滴と聞いたのは、屋根にたまって滴る露の雫だった。
 
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