ぬ苦心を費したものだった。あちこちの古い記録を見て歩いたのは固より、どこで手に入れたか、古い反故るいの一杯つまってる葛籠を幾つか持っていた。古証文、手紙の断片、種々の受取書、いろんな日付や品物の覚え書、そうしたつまらない反故るいの中から、作中人物の実生活を探り出そうとしていた。恐らく、「唐人お吉」に関するものが最も多かったろう。砂中に黄金の粒を探す者のような眼付で、十一谷君は古い反故るいをかきまわしたことであろう。
そのようにして、碁や麻雀はとにかく、反故の中に埋まり、茶をすすり、バットをやたらにふかして、余り外出もせず書斎に閉じ籠ってる十一谷君の健康を、親しい者たちは早くから心配していたのだった。私もその一人で、対抗療法として酒をすすめてやれと思ったのだが、それは遂に失敗に終った。六七年前のこと、銀座裏に、十一谷君がそこのお上さんをよく知ってる関西流の小料理屋があり、私が石川欣一君を通じてそこのマダムをよく知ってるバーがあって、どちらにも私は何度か十一谷君を引張っていった。また、私の酒飲み相手の芸妓が、今は物故しているが十一谷君を知ってる叔父をもっていて、その叔父を通じて十一谷君と
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